シルクジャスティス
2013.01.23.(水) ■カテゴリ: 自分用馬図鑑  ■タグ: シルクジャスティス, 競馬,
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競馬を好きになるきっかけをくれた馬。

マーベラスサンデー、エアグルーヴとの叩きあいを制して勝った1997年の有馬記念は
絶対に来ると確信していたレース。

実際にその通り、差し切った時は感動ものでした。




血統
ブライアンズタイム Roberto
Kelley's Day
ユーワメルド サティンゴ
ピーチガール

父は当時三強種牡馬として君臨していたブライアンズタイム。
母は重賞未出走ながらも9戦4勝馬のユーワメルド。

初勝利までに7戦要したものの、重賞初挑戦の毎日杯で3着。
次走では初勝利に導いた武豊を背にOP突破。

勢いそのままで京都4歳特別(GⅢ)を連勝し、

ついにG1ダービーに挑戦。


サニーブライアンも強かったですが、
大外から飛んでくるあの末脚に惚れました。

秋初戦の神戸新聞杯で大敗するものの
立て直した京都大賞典では初の古馬との戦いもダンスパートナーを破り勝利。
サニーブライアン不在の菊花賞で堂々と1番人気で挑む事になる。



前残り展開で末脚不発。
続くジャパンカップも同じような展開で不発。

この2走の5着で、あまり目立たなかった追い込み馬の
展開による不安定差が気になり始めてきました。

ファンはあの末脚を忘れることはできなかった。

有馬記念で3歳でG1未勝利ながらも4番人気。

普通に考えれば過剰人気。

しかし、鞍上である藤田伸二とファンは信じていた。

「この馬が一番強い」と。

その想いが叶い、ついにG1を勝利しました。


ただ・・・・これが最後の重賞勝利。

この後のレースではあの強烈だった末脚も陰りを見せることが多く、
レース最速だったのは4歳の宝塚記念のみ。
実際にはあの有馬記念でさえ、マーベラスサンデーよりも遅かったのを考えると

一番輝いていたのは当時世界最強馬であったピルサドスキーと同じ末脚を使った

ジャパンカップだったのかもしれません。




2000年5月27日に行われた金鯱賞で引退。
産駒は障害で重賞を勝利したものの、あまり活躍せずに終わり、
2010年に種牡馬も引退。


あの末脚で夢も見せてもらったことは忘れません。
その夢がグランプリでついに達成した事も忘れません。

シルクジャスティス以上に末脚が強烈な競走馬はたくさんいます。

でも、あれだけワクワクさせてくれた馬はいませんでした。




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